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気仙沼線 大谷海岸〜小金沢にて。
「また復興しましょう」 テレビの画面のなか 被災した老人の言葉に 勇気づけられた。
どんなに想っても あのたんぼも あの笑顔も あの景色も もう戻らない。 また新しい故郷を つくってゆくしかないんだ。
つらくてもまけないで。
この画面の向こうには あなたを応援している たくさんのひとがいます
・
被災地域にお住まいの方、ご家族、ご友人がいらっしゃる方、 心よりお見舞い申し上げます。
現在、行方不明となっている方々の安否の確認と、 避難されている方々への支援や援助が一刻も早く進むことを 願ってやみません。
いつの日か、再び笑顔が戻る日が来ることを信じて、 少しずつでも、復興が進みますように。
投稿: ホタパパ | 2011年3月14日 (月) 09時59分
未曾有の震災 下を向いても、上を向いても、過ぎ行く時間は同じものですから頑張って行きましょう!
投稿: ます | 2011年3月14日 (月) 11時02分
応援することしかできないですが がんばってくださいませ 復興を切にねがっています
投稿: munixyu | 2011年3月14日 (月) 12時12分
中井先生、まったくその通りですね。 どんなにつらくても、皆んなで援け合い前を向いて頑張っていけば いつかは、明るい未来がきますよね。
投稿: デジカメやっちゃん | 2011年3月14日 (月) 13時37分
映画なんかではない 非常に辛く厳しい現実がメディアを通じて流れてきます。 私にできることと言えば、わずかの義援金を募金箱に復興の願いを 込めて投じることだけ...もどかしい。
こんな時こそ日本人の総力を挙げて支えあいましょう 少しばかりの不便さを甘受してでも。
投稿: ぽんた | 2011年3月14日 (月) 13時53分
ニュースを見ながら、ふと、鉄道本がたくさんある棚に目が行きました。 その中から「鉄道写真家 真島満秀の世界」が無性に読みたくなりました。
本を改めて最後まで読み、なぜ読みたくなったか分かりました。 今日は真島満秀先生の命日でしたね。。。
私も東北地方の内陸部に住んでいて、おとといまで避難所生活をしていました。 11日以降の更新から、中井先生の文章や写真を見て勇気をもらっています。ありがとうございます。
これからもがんばってください!
Twitter→@hnimskmifs
投稿: 鉄道写真小僧 | 2011年3月14日 (月) 14時18分
お疲れ様です。 水を何とか確保し、生活できていますが、原発が最大の不安です。 地元では「誰のおかげで生活できてると思っているんだ!」という怒りや不安が出ています。
震災の後の復興というと、オリックス・ブルーウェーヴの「がんばろうKOBE」が印象に残ります。 地元のラジオ福島では、私の投稿がキャッチフレーズになりつつあります。 「がんばろう福島、がんばろう東北、がんばろう日本」
投稿: 鉄道亭写太郎 | 2011年3月14日 (月) 16時17分
希望への列車ですね、青い空・・・良い写真ですね。
投稿: tooooru | 2011年3月14日 (月) 17時27分
「 いい写真だなぁ 」
雲が白くて
さわやかな風が吹いて
ずっと見続けていたい
そう、思った
また、逢える。
そう、想う。
投稿: asuka | 2011年3月14日 (月) 20時16分
現実が目の前に突きつけるものは、夢であって欲しい。
でも生きている人は現実の中で、生きている。
また新しい人生を作ってゆくために、生きている。
人間は生きている間は、何かを大事に育てている。 ずーっと人類は、歴史を繰り返して生きてきた。
どんな困難な時も、生きている人が、今を作って、 育てている。
・・・・・・・・私も何かを育てていこうと決意しました。
投稿: まじめ男の子 | 2011年3月14日 (月) 23時26分
三陸地方の写真だと思いますが、早く復興してまたこのような写真の風景が見られるといいですね。
投稿: yamabushi | 2011年3月14日 (月) 23時36分
みんなでまた作っていきましょう。みんなが大切にしていた故郷。遠くからだけれども、わずかな義援金とどくかな。毎日何ができるだろって考えてます。あれは出来ないのか?これは?昨年の秋、初めて訪れた東北がまた豊かで元気な姿になるようにと祈りながら今出来ることから。みんな一緒だから、がんばっていきましょう!!We are always with you.
投稿: はっしい | 2011年3月14日 (月) 23時43分
先生の美しい写真が失われてしまった風景のようでもあり、何か複雑な気持ちになってしまいました。 今、自分にできることを小さくてもきちんとやろうとおもってています。
投稿: やま鉄 | 2011年3月14日 (月) 23時48分
心 ひとつに 想い ひとつに 優しさ ひとつに 力 ひとつに 希望 ひとつに
たくさんの涙が きっと たくさんの願いが きっと
一人一人の 私たちを 大きな大きな ひとつに こころ ひとつに おもい ひとつに やさしさ ひとつに
たくさんの強い力と みんなの明るい希望
日の丸のように
日本の国旗のように
みんなの ねがいが おおきな おおきな
ひとつ の まるに かえてくれます
投稿: KORO | 2011年3月15日 (火) 00時37分
阪神淡路大震災のとき被災地域のはずれに住んでいました。 突き上げるような大揺れの中、周囲の家の瓦があちこちで落ちる音が鳴り響いていたのが鮮明に記憶に残っています。 今回の震災はとても他人事とは思えません。
神戸の街が元のようになるまでに何年もかかりましたが、 復興して整然とした街が整備されても、犠牲になった知り合いや思い出いっぱいの街は戻ってきませんでした。
被災地の皆様はこれからの復興がつらく長くなると思いますが、ささやかなことでも何かお力になりたいと心より願っています。
1日も早く、風光明媚な里をローカル線でのんびり走れる平和な日々が戻りますように。
投稿: たなか | 2011年3月15日 (火) 04時33分
先生や皆様のコメントを読みながら涙ぐんでます。 私の職場でも、普段よりたくさんの募金が寄せられて 「募金箱はどこですか?」 皆様の「何かしてあげたい。力になりたい」という心が伝わってきて 胸が熱くなります。 みんなで心を一つにして頑張っていきましょう。 くれぐれもお体を大切にして乗り切ってください! 先生の写真からのメッセージが伝わってきて本当に元気付けられます。 いつもありがとうございます☆★
投稿: 海 | 2011年3月15日 (火) 13時40分
写真を観て感動しました。 コメントを読んで涙しました。 中井さんは中井さんのお仕事で被災地の人々を応援されてるんですね。 私も私の仕事で応援する勇気をもらいました。 ありがとう!
投稿: マヤ | 2011年3月16日 (水) 15時05分
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
被災地域にお住まいの方、ご家族、ご友人がいらっしゃる方、
心よりお見舞い申し上げます。
現在、行方不明となっている方々の安否の確認と、
避難されている方々への支援や援助が一刻も早く進むことを
願ってやみません。
いつの日か、再び笑顔が戻る日が来ることを信じて、
少しずつでも、復興が進みますように。
投稿: ホタパパ | 2011年3月14日 (月) 09時59分
未曾有の震災
下を向いても、上を向いても、過ぎ行く時間は同じものですから頑張って行きましょう!
投稿: ます | 2011年3月14日 (月) 11時02分
応援することしかできないですが
がんばってくださいませ
復興を切にねがっています
投稿: munixyu | 2011年3月14日 (月) 12時12分
中井先生、まったくその通りですね。
どんなにつらくても、皆んなで援け合い前を向いて頑張っていけば
いつかは、明るい未来がきますよね。
投稿: デジカメやっちゃん | 2011年3月14日 (月) 13時37分
映画なんかではない
非常に辛く厳しい現実がメディアを通じて流れてきます。
私にできることと言えば、わずかの義援金を募金箱に復興の願いを
込めて投じることだけ...もどかしい。
こんな時こそ日本人の総力を挙げて支えあいましょう
少しばかりの不便さを甘受してでも。
投稿: ぽんた | 2011年3月14日 (月) 13時53分
ニュースを見ながら、ふと、鉄道本がたくさんある棚に目が行きました。
その中から「鉄道写真家 真島満秀の世界」が無性に読みたくなりました。
本を改めて最後まで読み、なぜ読みたくなったか分かりました。
今日は真島満秀先生の命日でしたね。。。
私も東北地方の内陸部に住んでいて、おとといまで避難所生活をしていました。
11日以降の更新から、中井先生の文章や写真を見て勇気をもらっています。ありがとうございます。
これからもがんばってください!
Twitter→@hnimskmifs
投稿: 鉄道写真小僧 | 2011年3月14日 (月) 14時18分
お疲れ様です。
水を何とか確保し、生活できていますが、原発が最大の不安です。
地元では「誰のおかげで生活できてると思っているんだ!」という怒りや不安が出ています。
震災の後の復興というと、オリックス・ブルーウェーヴの「がんばろうKOBE」が印象に残ります。
地元のラジオ福島では、私の投稿がキャッチフレーズになりつつあります。
「がんばろう福島、がんばろう東北、がんばろう日本」
投稿: 鉄道亭写太郎 | 2011年3月14日 (月) 16時17分
希望への列車ですね、青い空・・・良い写真ですね。
投稿: tooooru | 2011年3月14日 (月) 17時27分
「 いい写真だなぁ 」
雲が白くて
さわやかな風が吹いて
ずっと見続けていたい
そう、思った
また、逢える。
そう、想う。
投稿: asuka | 2011年3月14日 (月) 20時16分
現実が目の前に突きつけるものは、夢であって欲しい。
でも生きている人は現実の中で、生きている。
また新しい人生を作ってゆくために、生きている。
人間は生きている間は、何かを大事に育てている。
ずーっと人類は、歴史を繰り返して生きてきた。
どんな困難な時も、生きている人が、今を作って、
育てている。
・・・・・・・・私も何かを育てていこうと決意しました。
投稿: まじめ男の子 | 2011年3月14日 (月) 23時26分
三陸地方の写真だと思いますが、早く復興してまたこのような写真の風景が見られるといいですね。
投稿: yamabushi | 2011年3月14日 (月) 23時36分
みんなでまた作っていきましょう。みんなが大切にしていた故郷。遠くからだけれども、わずかな義援金とどくかな。毎日何ができるだろって考えてます。あれは出来ないのか?これは?昨年の秋、初めて訪れた東北がまた豊かで元気な姿になるようにと祈りながら今出来ることから。みんな一緒だから、がんばっていきましょう!!We are always with you.
投稿: はっしい | 2011年3月14日 (月) 23時43分
先生の美しい写真が失われてしまった風景のようでもあり、何か複雑な気持ちになってしまいました。
今、自分にできることを小さくてもきちんとやろうとおもってています。
投稿: やま鉄 | 2011年3月14日 (月) 23時48分
心 ひとつに
想い ひとつに
優しさ ひとつに
力 ひとつに
希望 ひとつに
たくさんの涙が きっと
たくさんの願いが きっと
一人一人の 私たちを
大きな大きな ひとつに
こころ ひとつに
おもい ひとつに
やさしさ ひとつに
たくさんの強い力と
みんなの明るい希望
日の丸のように
日本の国旗のように
みんなの ねがいが
おおきな おおきな
ひとつ の まるに
かえてくれます
投稿: KORO | 2011年3月15日 (火) 00時37分
阪神淡路大震災のとき被災地域のはずれに住んでいました。
突き上げるような大揺れの中、周囲の家の瓦があちこちで落ちる音が鳴り響いていたのが鮮明に記憶に残っています。
今回の震災はとても他人事とは思えません。
神戸の街が元のようになるまでに何年もかかりましたが、
復興して整然とした街が整備されても、犠牲になった知り合いや思い出いっぱいの街は戻ってきませんでした。
被災地の皆様はこれからの復興がつらく長くなると思いますが、ささやかなことでも何かお力になりたいと心より願っています。
1日も早く、風光明媚な里をローカル線でのんびり走れる平和な日々が戻りますように。
投稿: たなか | 2011年3月15日 (火) 04時33分
先生や皆様のコメントを読みながら涙ぐんでます。
私の職場でも、普段よりたくさんの募金が寄せられて
「募金箱はどこですか?」
皆様の「何かしてあげたい。力になりたい」という心が伝わってきて
胸が熱くなります。
みんなで心を一つにして頑張っていきましょう。
くれぐれもお体を大切にして乗り切ってください!
先生の写真からのメッセージが伝わってきて本当に元気付けられます。
いつもありがとうございます☆★
投稿: 海 | 2011年3月15日 (火) 13時40分
写真を観て感動しました。
コメントを読んで涙しました。
中井さんは中井さんのお仕事で被災地の人々を応援されてるんですね。
私も私の仕事で応援する勇気をもらいました。
ありがとう!
投稿: マヤ | 2011年3月16日 (水) 15時05分