3月16日(水曜日)
震災から5日目。
被災地の真っただ中を走る
三陸鉄道が、
はやくも部分復旧し
運転を開始したというニュースを聞いた。
その名も「復興支援列車」。
料金は無料。
涙が出た。
たった2駅だけど
復興に向けての
おおいなる1歩。
どれだけ
皆に勇気を与えたのか
計り知れない。
立ち止まっていてはいけない。
おそれてはいけない。
今の僕には
何もできないけれど、
がむしゃらにシャッターを切ろう。
前へ。
未来へ。
(いつもの公園)
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コメント
感動した
投稿: beasn | 2011年3月16日 (水) 18時11分
列車の写真が心を打つのは列車が常に前進し続ける物の象徴だからかもしれませんね。
投稿: 吉 | 2011年3月16日 (水) 19時30分
しっかりと復興は進んでいるんですね。
とてもいい話題で
私もココロ打たれました。
投稿: 鉄郎の父 | 2011年3月16日 (水) 19時52分
私も涙がでました・・・・
ありがとうございます。
私も前へ・・まずいつもの生活を取り戻すことから始めます。
投稿: pon | 2011年3月16日 (水) 20時06分
列車がはしっている
それがどれだけ凄いことなのか
どんなに平和で有り難いことなのか
地震という天災により
あらためて、よくわかった気がします・・・
列車よ、ありがとう♪
投稿: munixyu | 2011年3月16日 (水) 20時23分
すばらしいです。
投稿: カメラ小僧 | 2011年3月16日 (水) 20時55分
うう・・・
投稿: tooooru | 2011年3月16日 (水) 21時19分
JR東の対応を考えると、三陸鉄道は勲章ものですよ。
地域密着型はやはりこんな時は強いですね。
日本海縦貫線や新幹線、とにかく何でも使って早く貨物輸送を再開して欲しいです。
投稿: 鉄道亭写太郎 | 2011年3月16日 (水) 21時33分
初めて投稿させていただきます。
「がむしゃらにシャッターを切る・・・」
この言葉、すごく元気づけられました。
あまりの惨状に何をしていても「こんなことしていていいのか」と思ってしまう、ある種の脱力感を感じていましたが、そうですね、できることをやらないといけませんね。
前へ進むために!!!
投稿: CrMnFe | 2011年3月16日 (水) 22時50分
先生、皆様、こんばんは。
今朝、テレビを見ていて 栃木県の若い男性が立ち上げた
応援メッセージの一部を紹介されてたんです。
★駅で、子供が駅員さんに
「一生懸命に電車を走らせてくれてありがとう」と言っていた。
駅員さんは泣いていた。
俺も号泣した。★
泣けましたTT
今こそ、日ごろ疎かになっていた大切なものを思い出して
みんなで前向きに頑張っていきましょう。
一日も早く 被災者の皆様が温かい物を食べたり
温かいお布団で寝られますように☆
投稿: 海 | 2011年3月16日 (水) 23時09分
復興に鉄道は欠かせません。
頑張っている鉄道の姿を是非、写真に収めて、私たちに見せてくださると嬉しいです。
復興を願っている私たちの励みになります。
投稿: tekka | 2011年3月16日 (水) 23時29分
現地に入って悲惨な現場を記録するのもプロカメラマンの役割だと思う.
1年間バラエティ番組に出まくっていた◯◯カメラマンの無様な姿を、他山の石としてほしいと思います.
投稿: 通りすがり | 2011年3月16日 (水) 23時37分
がんばれ!
三陸鉄道!
投稿: のむのむ | 2011年3月16日 (水) 23時43分
いつも楽しみに拝見しております。
私は川崎市に住んでいるのですが
実家は岩手で、高校の通学は三陸鉄道に乗って
通学しておりました。
今回の地震による津波で、帰る家を失ってしまいましたが
家族の命は助かったと聞いております。
(まだ家族とは直接話していません…)
三陸鉄道の記事、とても励みになりました。
ありがとうございます。
投稿: さんてつ | 2011年3月17日 (木) 14時40分
中井先生 素晴らしいです!
思わず涙が出ました。
地震のあったとき、普段あまり行かない街にいて一人だった私は、
JRが動かず途方にくれていました。
日が暮れて暗くなる中、流山電鉄は運行してくれたのです。
行ける一番近いところまで乗って、車できてくれた家族と会うことが
出来ました。
その時の切符大事に大事にとってあり、取り出しては見ています。
投稿: mariciten | 2011年3月17日 (木) 21時22分
地域住民の大切な移動手段ですから…社交場として笑顔が交わせる様な場所に成って欲しいと願うばかりです。
投稿: 渡辺X4 | 2011年3月21日 (月) 08時22分