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9月14日(水曜日)

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今日はチャリティー写真展会場で
こんなことがありました。
『あなたは●●線が復旧してほしいんでしょ?
私は●●線なんか必要ありません。
ダメになってせいせいしています!
こういうことを
遊び半分でやるのはやめてください!』

その人は被災地の方でした。
あまりの剣幕に驚きましたが
被災地でのご苦労や
僕たちの活動のこと
そして●●線の想い出などを
1時間以上お話をしました。

そして、その人が
本気でその路線を憎み
本気でその路線を愛していることに
気づきました。
話しているうちに
いつしか笑顔になり、
その路線のパネルを
1枚買ってお帰りになりました。

青い海に牡蠣棚が浮かぶ
ふるさとの風景写真でした。

僕たちは鉄道が好きで
鉄道が復活するように
活動しているけれど、
故郷を想う気持ちは、
そんなに単純なものではなく
複雑で、
ガラスのように脆いものであることを
知りました。
それだけでも
この写真展を開催した意味があるように
思えました。

今は、
あの風景まで
線路はつながっていないけれど、
ふるさとを走るローカル線の写真が
氷を溶かすように
気持ちを、心を、
穏やかにしてくれるといいな。
そして
いつか線路がつながったとき、
みんなが笑顔で列車を見送れるように
なっているといいな。

単純な僕は、
ついそんなことを
願ってしまうのでした。

(上野駅地上ホーム)

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コメント

お疲れ様です。
それぞれ複雑な事情があるんですね。
何か特別な想い出があるのでしょうか。
憎むほど愛するって、女性に対してはありそうですが、鉄道に対してもあることなんですね。
初めて知りました。

投稿: 鉄道亭写太郎 | 2011年9月14日 (水) 23時02分

本日、写真展拝見致しました。

カメラマンの方達の今回被災された鉄道とか東北の人達に対する愛情がどの写真からも確認できました。

私自身地震前に乗車した路線もありますが失われてしまったものが如何に大きかったのかが写真を見ながらよくわかった。

確かに、決して幹線クラスとは言い難い路線もありますが生まれてきた鉄道なのです。今こそ目先の利益を優先して原発再稼働に躍起になるのではなく鉄道の復旧でもって被災地が日常に戻れるようにするべきだと私は考えてます。

投稿: mr4140 | 2011年9月14日 (水) 23時09分

こんばんは。
今日のブログを読んで色々と考えさせられました。
今でも迷いますが、被災地の人達に何ができるのかという発想そのものが「上から目線」と思われるのでしょうか?
同じ人として困ったときには助けて欲しいし、助けたい。当たり前と思う一方で正解の無いやり方に迷う気持ちがあります。
私は先日東北(青森・秋田・岩手・山形)を旅行しました。
ボランティアはしていません。報道される被災地その場所ではありませんが、東北でお金を使い、現地の新聞を読んで思いを少しでも理解しようと思いました。決して無意味でもなかったと思っています。
相手の思いを全て理解することはできないかもしれませんが、少しでも近づいていたい。何かしなきゃいけないと思って行動したい。そう思って行動したいと思います。

鉄道って素晴らしいですね。故郷の風景や人との交流に鉄道が存在することを改めて感じました。
だからこそ、今回の方も見慣れた景色を形として支えにしたかった。そう思いました。

投稿: 俊さま | 2011年9月14日 (水) 23時13分

1時間かけてお話しして笑顔でパネルまで買っていただくなんて
先生方のご苦労が忍ばれます
その一つ一つが復旧に近づくことだと考えます
地道に一人一人の方とお話ししていこうとするやり方に
とても共感します
今日の一鉄、私も大好きな場所です

投稿: やま鉄 | 2011年9月14日 (水) 23時47分

こんばんは、初めて書き込み致します。
本日午前中に写真展にお邪魔しました。サインをして頂きましてありがとう
ございました。

会場でコメントを、と勧めて頂きましたが書けなくて、すみませんでした。
簡単に頑張れとは言えないし、でも、頑張れとしか言えないし....。

地震の時、電車が運休したため職場から徒歩で帰りましたが、一日半通勤に不自由した
だけで大変な思いをしたのに、未だに復旧の目処もつかない路線もある事が、私には想像を
絶する事ですし、一日も早い復旧を祈る事しかできません。


中井先生にお会いできて嬉しかったです。オーラが出ていました。
写真展終了までお体に気をつけて、頑張ってください。


投稿: 梅園ユカリ | 2011年9月15日 (木) 00時17分

私は東京生まれ東京育ちですが、啄木のこの短歌に胸が熱くなるのは、誰の心にも望郷という思いがあるからだと思います。
遠く離れても訛りを懐かしく思うように、故郷は心のより所です。

そんな大切な故郷であり、生活の場を、慣れ親しんだ海に一瞬のうちに跡形もなく流されてしまうというのはどんな思いでしょう。

大切な故郷や、大切な人を失った方々の気持ちを、何も失っていない私が本当に理解出来る訳はないと思いますが、でも、悲しみが、どうか少しでも癒えますようにと祈る気持ちでいることを知って頂けたらと思います。
知って頂くために、中井先生がされたチャリティー写真展は有意義なことだと思います。

投稿: ちびまこ | 2011年9月15日 (木) 00時17分

本日写真展に伺いました。
どの写真もなんて美しい風景でしょう。
自然が美しいだけじゃない。
そこに鉄道が、つまり人々の暮らしがあったから、なお胸に迫ります。
あの日失われてしまった、線路、駅舎、沿線の町、人々の日常・・・。
写真に写っていた皆さんは今どうしていらっしゃるのでしょうか。

中井先生はちょうど(たぶん)その方とお話し中だったので、声をかけそびれましたが、ゆっくり写真を拝見しました。
写真展の案内の絵葉書を数枚いただいて帰りました。
明日、友人たちと飲む予定なので、渡すつもりです。

投稿: ワッフル | 2011年9月15日 (木) 00時18分

涙がこぼれました。

やっぱ、先生に出会ってから鉄道写真を撮って来た事に誇りを感じます。

これからもいっぱい先生の写真をみて、いっぱい自分なりの気持ちで鉄道写真を残して行きます。

いつか、人の気持ちを捕らえられる写真が撮れるように。

今日も写真と大切な言葉ありがとうございました。

投稿: 関戸 達郎 | 2011年9月15日 (木) 00時34分

人の想いは様々で、計ることの出来ない事なのでしょうね。

私は、岩手の人間ですが、日本各地からの支援や、温かい励ましのおかげで
前進出来た事の多さを感じます。決して、上から目線だなんてありませんよ。
感謝の一念です。
危ない、怖いと言うイメージがある中、訪れてくれる全国各地の方々。
本当にありがたい。
先生が出会った方は、きっと郷土を愛して居たのですね。
悲しさ、悔しさ、そんなどうしようもない感情を
思わず先生にぶつけてしまったのでしょう。
ずっと堪えていたものが、本心とは違うベクトルで放たれてしまったのかもしれない。
途絶えたレールが繋がる事を祈って居る地元の方々は、とても多いし
レールと共に、みんなの気持ちも繋がって行く気がします…

投稿: 傾寄者 | 2011年9月15日 (木) 01時01分

 そんなことがあったんですね。ちょっとビックリですが、1枚購入されたんですね。雪が融けるように、その方の気持ちも、少しづつ、ほぐれていけばいいですね。その人、鉄道を通して、故郷をみていたのですね。故郷も鉄道も、復旧の日が早く訪れればいいですね。

投稿: koshi | 2011年9月15日 (木) 03時57分

上野駅は何度も行ってますが、これに気が付きませんでした。北海道へ帰省するとき、発車時刻より2時間も早く着き、電車を眺めていたことが懐かしいです。冬8年末)の雰囲気は正に独特でした。

投稿: tooooru | 2011年9月15日 (木) 06時34分

昨日写真展拝見しました。
学生のとき4年間お世話になった八戸線、仕事で工場の支援のため何度も降り立った大船渡駅を見て涙をこぼしそうになりました。
ちょうど、先生のメッセージの方とお話しなさっている場に居合わせてしまいました。自宅に帰りブログを見て事情が解り、先生のふところの広さに感動しました。
私は他の写真業界団体に属していますが、亡くなった会員もいます。支援の事で現地の皆様のお気持ちが理解できていなかった部分もあり、お叱りを受けてしまった事もあります。
なんとかしなくちゃ!の気持ちで今出来る事をするしかないと思います。
日本に本当の笑顔が戻る日まで頑張ります。

投稿: Y.imai | 2011年9月15日 (木) 09時56分

「故郷は遠きにありて想うもの 」といいますが地元の方は、生活そのものですから、いろいろあると思います。先生の真摯な姿勢が通じたものと思います。
私自身、直接の被災者になったことはありませんが、「故郷を残す」人々への気持ちも「写真」から伝わっていたのかもしれませんね。

投稿: daitetsu407 | 2011年9月15日 (木) 10時24分

上野駅に思いを馳せる方々多い様ですね?やはり東北から上京される方は多い様ですし、東京を支えて下さって居るのも東北人の方々かも知れませんねー。
この掲示物の存在を初めて知りました。今度行ってみたいです!

投稿: 瀬戸60D | 2011年9月15日 (木) 10時55分

なにもいえないし、いえない

でも啄木の歌が、こころに響きます

投稿: munixyu | 2011年9月15日 (木) 14時09分

自分が同じことを問われたら、同じ結果を導くことができたかどうか、身につまされます。
阪神大震災の被災地に立って、カメラを構えていて被災者の方から罵声を浴びせられ、互いに事情を話し合って理解してもらえたこと。
留置車両もろとも崩れ落ちた阪神電車の車庫を前にして、涙を流しながらシャッターを切ったこと。
今でも思い出します。

遊び半分でないこと、分かってもらうのは大変ですが、大切なことですよね。

投稿: タンク☆マン | 2011年9月15日 (木) 14時54分

震災から半年がたちました。
やっと半年、まだ半年。
被災地復興、鉄道路線の復旧、そして傷ついた人の心の復旧もまだまだ先が遠いことを感じます。
時間はかかるけれど、何とかしたい。
何か役に立ちたい、何が出来るだろう?
迷いながらの今です。
写真展、週末にお邪魔します。

投稿: 銀河のぞみ | 2011年9月15日 (木) 21時20分

涙がこぼれてきました

投稿: deer | 2011年9月16日 (金) 07時23分

『がんばろう ○ ○ !』と言った言葉が乱れ飛んでいますが、やはり上から目線だと思います。

被災地の方々は必死にその時の情景、または不幸にも亡くなわれた親族の方の事を思い、それでも沸きあがあってくる感情をものすごいパワーで抑え必死に生きている。

がんばろう?そんな事当たり前!今だって必死に頑張っている。これ以上がんばれ等と言ってくれるな!

私は被災をしていません。親族も震災で亡くしていません。
だから、あの時にそこにいなかった人間が、何も彼らにしてあげられない人間が簡単にがんばろう等と言ってはいけない。

投稿: 鎌倉スタイル | 2011年9月16日 (金) 11時41分

震災後、山崎氏とご一緒に被災地を回り、絵本や写真集をお配りになったということをこのブログで読みました。その時に添えられた写真と、コメントが強く印象に残っています。プリントアウトして大切に保管しています。被災された方々、地元で復興に携わっている方々の心情はそれぞれに一様ではなく、鉄道の復旧についても色々な考えがあることは理解できます。経済的な面を優先すれば、赤字線はないほうがよいわけです。復旧に要するコスト、復旧後の赤字の負担も地元の自治体が背負うものです。ですが、三陸鉄道は現に部分的には運行を再開しているのであり、資金援助は価値のあることだと思います。この度の試みに心から応援いたします。

投稿: ONO | 2011年9月17日 (土) 22時11分

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