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4月5日(金曜日)

130405

修復されたばかりの築堤のを
南リアス線の上り一番列車が
ゆっくりと通りすぎていきます。

その姿は、風を受けながら進み続ける
孤独な旅人に見えました。

時間はかかったものの
みごとに復活しつつある三陸鉄道。

震災の象徴として優遇されすぎてはいないか。
わずかな乗客のために、巨額のお金を投入する
価値はあるのか。
いろいろな意見があると思います。

でも僕は、効率や損得だけでは、
前に進めないと思っています。

震災のわずか5日後、
この鉄道は無料の復興支援列車を走らせました。
そこに損得勘定はありませんでした。
ただ沿線の人たちの役に立ちたい。
そんな純粋な想いだけで、列車は走りはじめました。
だからこそ、さまざまな奇跡を呼び、
この鉄道は、高田の一本松と同じように、
沿線住民の、いや日本国民の、
心のよりどころになりました。

列車の窓に浮かぶのは、
たった一人の乗客のシルエット。
でもこの列車が運んでいるのは、
乗客だけではありません。
数えきれないひとの、
夢と希望を運んでいるのです。

僕はそう信じながら、
シャッターを切りました。

(南リアス線/甫嶺駅付近)


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コメント

ローカル線の問題は極めて難しいと思います
前行くためにまわりを見なくてはいけないですね

投稿: trainやま | 2013年4月 5日 (金) 19時24分

資本主義に反する考え方かもしれないけれど、乗車率100%超過の地域と、ガラガラな時間も多い地域とあっても、移動の手段として列車が必要なだということはどちらも変わらないんですよね…。乗客が少ないと採算取るのは大変そうですが、余剰のあるところがサポートできる仕組みがあれば本当はすごくいいですよねぇ…。まぁすでに国鉄ではないから難しい話なのかもしれませんが。

でもどちらかといえば、乗車率超過地域よりも過疎地域の方が移動手段は限られて切実でしょうから、三陸に限らず、そういうところの交通手段がちゃんと守られることは大切ですよね。これが無かった頃は高校に行くのに下宿するしかなかったと聞きましたし…子供達が自分の家から学校に通える環境はイチ鉄道会社だけに負担させずに、やっぱり国が保障してあげられたり、何かサポートできる仕組みがあればいいなぁと思います。(ほかにも似た環境の地域はたくさんあるのかな?)

投稿: もりちゃんとさなちゃん | 2013年4月 5日 (金) 19時36分

一番列車の乗客のシルエット。“さんてつ、頑張らないくても、くじけるな”
「三鉄の駅から海岸までは遠くて、観光客は車を利用する」「別に道路があればいいじゃないか」「いま地方では自家用車を持っていない家はない」「鉄道にこだわっているのは、お前達マニアだけだ」と声が聞こえてきそうだ。果たしてそうだろうか。鉄道は速度や営業係数のような数値に還元される交通手段ではないこと。鉄道を復興させることは、道路を復興させることとは根本的に違う。高校生や高齢者の足となるばかりか、鉄道が走っているだけで、人々の心に潤いができる。駅が社交場になり話題つくりになる。駅が野菜や果物の市場になる。小さいことだけど、震災によって失われた公共的空間を回復させる意味があると思う。
 今度、三陸鉄道に行って、10枚以上の切符を買い、カメラやバイク仲間に配って応援に行くように話したいと思う。机上の三鉄、マスコットガールの「アリス」ちゃんが早く来いと手招きしている。

投稿: ムツゴロウZ | 2013年4月 5日 (金) 21時17分

泣けます…。

投稿: b113 | 2013年4月 5日 (金) 22時52分

震災、大津波という前代未聞の大災害に遭いながら、わずか5日後に走った三陸鉄道。赤字ローカル線で、駅舎も津波で流失。のどから手がでるほどお金は欲しいのに、無料で地域住民のために尽くした。こんな鉄道会社は、世界をさがしても無いですよ。
 どうせお金を遣うなら、高速道路を!という声も聞きます。でも、これから高齢化社会。自分達も運転できなくなった時、果たして高速道路があればいいのか。いずれ答えは出るでしょう。後悔しないような選択をしたいものです。
 この作品と文を読んでいると、涙が止まりませんよ。

投稿: koshi | 2013年4月 6日 (土) 00時48分

震災ボランティア活動をしていた身分としては感動の一言に尽きます。
今後は人口減少により今まで以上に各社とも厳しい環境に置かれると思いますが、何かしら自分にできるかぎりの支援を続けたいですし、その輪を広げたいと思います。

投稿: 新堀 洋史 | 2013年4月 6日 (土) 00時53分

必ず、息子と乗りにいきますよ!!

投稿: ブリとし | 2013年4月 6日 (土) 01時27分

もりちゃんとさなちゃんさんやムツゴロウZさんの意見と被りますが、
過疎の問題は、過疎に住んだことのある者には、痛感します。
私は転勤族だったので、数年で都会へ戻りましたが、住んでいる間、
自分が車を運転できなくなったらどうしよう?とか不安が先立ちました。
地方は高齢化の一途です。公共交通機関が唯一の足となりかねない現実が、
そこにあるという所は、全国各地にあります。
道路や器を作っても自分で行けない人のためには、鉄道、バスなど、移動手段が不可欠です。
鉄道がなくなったら、更に人口流出に歯止めが掛からないでしょう。
人がいなけりゃ、文化や産業の伝承もクソもありません。
地方の多様性を残すためにも、三鉄には走り続けてもらわねばなりません。
知恵があれば書けるのに、情けなや(>人<;)

投稿: Pengest | 2013年4月 6日 (土) 01時41分

今日は、写真のキャプション、そして寄せられた上のコメントで涙出そうになりました。
「いいね」ボタンが欲しい!

投稿: KOINOBORI | 2013年4月 6日 (土) 05時44分

途切れていた線路が繋がり、復興の象徴のような「さんてつ」。
 でも地域の人々の「鉄道に対する思いの強さ」があるから、そして「共感する人々」がいるからこれだけはやく復旧できているのだと思います。
 言葉にすると薄っぺらくなってしまいますが、これからも応援したいと思います。「頑張れ さんてつ」

投稿: daitetsu407 | 2013年4月 6日 (土) 08時07分

開通の話題を全国ニュースで報道されていました。
復興の象徴として
きっと全国の方々が応援していると思います!

投稿: 鉄郎の父 | 2013年4月 6日 (土) 08時08分

ありがとうございます。
・・涙が出ました。

投稿: | 2013年4月 6日 (土) 10時50分

難しい問題があるのですね。うん・・・。
でも、一歩進めたというのは大きなことだと思います。
応援しています。

投稿: munixyu | 2013年4月 6日 (土) 12時45分

忘れたころにやって来ました。って言っても、一日一鉄を忘れた訳ではありませんよ。最近いろんなネットに顔を出して忙しくキーを叩いています。とは、言い訳でしたね。
先生のブログを見に来る度に感動な物語を感じます。
やはり、鉄道にこめる愛着心を持ってる先生の心意気は、震災にあった地方の方々の心を慰め癒されますよね。
毎日、お疲れ様です。それに毎日(-^〇^-)出されなくて、しゅみましぇんです。また来ますね。先生のツイッターはいつも見ていますよ。

投稿: 石田ローカル写真館 | 2013年4月 6日 (土) 16時21分

甫嶺駅のホームで到着する列車を待っていると
そこに礼儀正しい少年がやってきて、一緒に列車を待つことに

やがて遠くに列車の姿が見えてくると
小さな声ながら嬉しそうに僕に話しかけてくれました

「久しぶりだなぁ。....うれしい」
2年前まで当たり前に使っていた鉄道の復活
その小さな声ながらも、その少年の大きな気持ちが
三陸鉄道を復活させたかと思います

少年は僕に別れの挨拶をしたあと
すごくうれしそうな顔つきで列車に乗り込んでました

きっとこの少年と少年の夢も一緒に三陸鉄道に乗っているんでしょうね

投稿: いしのまきまき♪ | 2013年4月 6日 (土) 22時46分

鉄道は、心の支えにもなっているのですね。

投稿: ja8190 | 2013年4月 6日 (土) 23時41分

沢山の方の支えになっている鉄道
そしてたった一人のお客様・・・

最初に見た日には切なくてコメント書けませんでした
ブルーが心に沁みます

忘れなれない一枚です


投稿: papageno | 2013年4月 7日 (日) 20時20分

古い仕事仲間が三鉄復興のために単身岩手県に赴任しています。
まだまだこれからだ、とメールが来ました。
中井さんが涙ながらにシャッターを押したように、
写真を見る我々も涙を流しています。
がしかし、まだまだなんだから泣いてるヒマはないですよね。
決して忘れないから、そうメッセージを送ります。

投稿: oxxsan | 2013年4月 8日 (月) 17時46分

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